東京高等裁判所 昭和24年(ネ)60号 判決
原判決を取消す、被控訴人が控訴人所有の別紙目録記載の土地について新潟縣佐渡郡眞野村農地委員会が定めた農地買收計画に対する控訴人の訴願を昭和二十二年十二月一日附を以て棄却した裁決はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
三、事 実
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人に於て控訴人が国分寺から別紙目録記載の土地の引渡を受けたのは昭和二十年十二月末頃であると述べ、被控訴代理人に於て控訴人主張の右事実を認めると述べた外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)
四、理 由
別紙目録記載の土地(本件土地)はもと新潟縣佐渡郡眞野村国分寺の所有に属し被控訴人補助参加人伊沢鶴藏が予て国分寺からこれを賃借し耕作して居たこと、国分寺が昭和二十年十二月中伊沢鶴藏から右土地の返還を受けた上これを控訴人に賣渡し、控訴人がその頃右土地の引渡を受けて昭和二十一年度からこれを耕作したこと、控訴人が右土地につき自作農創設維持の事業により控訴人の自作地として創設を受け昭和二十一年十一月二十九日これにつき自作農創設の登記並に所有権移轉登記を経由したこと、新潟縣佐渡郡眞野村農地委員会が右土地につさ伊沢鶴藏の請求により昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收計画(遡及買收計画)を定め、昭和二十二年十月十九日その公告をなし、控訴人がこれに対し、右農地委員会に異議を申立てたが却下され、更にこれに対し被控訴人に訴願をなしたが同年十二月一日附で棄却され、その裁決書が昭和二十三年二月一日控訴人に送達されたことは当事者間に爭がない。控訴人は本件土地については自作農制維持の事業により控訴人に於て自作農地として創設を受けて居る以上右土地に対し遡及買收の計画を定めることは違法である旨を主張するけれども、右のように自作農地として創設を受けた場合に於ても自作農創設特別措置法により遡及買收の計画を定めることが許される場合にはなおその土地について右買收の計画を定めることを妨げないものと解すべく、從つて本件土地についても眞野村農地委員会は相当とする場合には遡及買收の計画を定めることができるものといわなければならない。よつて本件土地について遡及買收の計画を定めることが相当であるか否かについて案ずるに、原審証人右近市之丞、原審並に当審証人知本常吉、同金子菊治、同芳田シカ、同佐々木善作、当審証人島倉幸太郎、原審並に当審に於ける伊沢鶴藏の各供述、右芳田シカの供述によつて成立を認めることができる乙第一号証によれば、控訴人は昭和二十年頃父知本常吉外家族二人と共に田畑約一町八反(知本常吉名義の自作地)を耕作し農業に精進して居たがその耕作地の中には苗代地に適する田がなかつたので同年十二月頃苗代地として使用するため国分寺に対し同寺所有の別紙目録記載の(三)の土地を賣渡されたい旨を申入れたこと、その頃国分寺に於ては右土地を別紙目録記載の他の土地と共に昭和十四年頃伊沢鶴藏に賃貸し同人に耕作させて居たが、同人は耕作に熱意を欠くものと思われたので同人から本件土地全部の返還を受けてこれを控訴人に賣渡さんと欲し、国分寺主管者林光雅は同年十二月伊沢鶴藏に対し本件土地全部の返還を求めたこと、その頃伊沢鶴藏は家族六人(以上七人の内耕作に從事するものは五人)を擁しその耕作地は本件土地を除けば田三反四畝八歩畑二反三畝に減少しその生活を主として農耕によつて支えて居る同家にとつてはそのため生活に困難を來たすこととなるので右申出を拒絶したが更に林光雅は本件土地の代替地として面積は狹少でも同寺の自作地である良田を貸與することを約したため伊沢鶴藏も右申出に應じ右土地を返還したので国分寺は間もなく本件土地を控訴人に賣渡し、控訴人は同寺から同土地の引渡を受けた上眞野村農地委員会の斡旋によりそれにつき自作農創設維持の事業による原告の自作地として創設を受けその登記を受けたこと、次いで林光雅は昭和二十一年三月頃金子菊治に対し芳田シカに於て耕作して居る国分寺所有の眞野村大字眞野沢六百十二番の一、二同所六百十三番一、二の田合計一反八畝十七歩を同人から返還を受けて貸與するにより金子菊治が予て国分寺から賃借し耕作して居る眞野村大字新田六百九番田五反九歩の内一反六畝九歩、同所六百三番一反二畝二十五歩合計二反九畝四歩の土地を返還せられたい旨を申向け同人をしてこれを承諾させた上同人から右二反九畝四歩の土地の返還を受けて同土地を伊沢鶴藏に賃貸したこと、更に林光雅は昭和二十一年四月頃芳田シカに対し同人が国分寺から賃借して居る眞野村大字眞野沢の右田一反八畝十七歩の返還を求めたところ、右土地は芳田方に於て七十年余の間引続きこれを耕作して居るばかりでなくその頃同家に於ては家族三人が右土地を合せて漸く約四反六畝に達する土地を耕作して生活して居る状態であつたので右土地を返還するときはその生活に窮するに至るため右申出を拒絶したが林光雅から右土地は国分寺に於て一年間だけ自作しその後は再び芳田シカに貸與し耕作させる旨、及び右申出に應じなければ国分寺との檀家の縁を切る旨を告げられたためやむなく右申出に應じ右土地を国分寺に返還し国分寺はこれを金子菊治に賃貸したこと、(国分寺に於て金子菊治から同人が賃借中の眞野村大字新田の田合計二反九畝四歩の返還を受けてこれを伊沢鶴藏に賃貸し、芳田シカから同人が賃借中の眞野村大字眞野沢の田一反八畝十七歩の返還を受けてこれを金子菊治に賃貸したことは当事者間に爭がない、)しかるに国分寺に於ては芳田シカから右眞野村大字眞野沢の田一反八畝十七歩の返還を受けた後これを自作することなく金子菊治に賃貸し、しかもその返還を受けた後一年を経過しても再び芳田シカに貸與する方法をも講じないため芳田シカは同家の生活の前途に不安を感ずるに至り、昭和二十二年九月頃眞野村農地委員会に右土地につき昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收計画を定められたい旨いわゆる遡及買收の請求をなしたこと、金子菊治に於ても芳田シカの右請求により眞野村大字眞野沢の田一反八畝十七歩が買收されるときは耕作地の減少に伴い生活の困難を生ずることとなるためさきに右土地に替えて国分寺に返還した眞野村大字新田の田二反九畝四歩についてその頃右農地委員会に遡及買收の請求をなしたこと、伊沢鶴藏に於ても金子菊治の右請求により眞野村大字新田の田二反九畑四歩が買收されるときは耕作地が減少し生活の困難を來たすこととなるので右土地に替えて国分寺に返還した本件土地につきその頃右農地委員会に遡及買收の請求をなしたこと、眞野村農地委員会は審議の結果芳田シカ及金子菊治の請求を容れその目的の土地について買收計画を定めると共に伊沢鶴藏の請求をも容れ本件土地について買收計画を定めたことを認めることができる。右認定に反する原審並に当審証人林光雅の供述は措信し難いし、他に認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実によれば国分寺は從來伊沢鶴藏に賃貸して居た本件土地を他に賣却せんがため同人から右土地の返還を受けたのであるが、それについて伊沢鶴藏には代替地として金子菊治から田二反九畝四歩の返還を受けてこれを貸與し、金子菊治には代替地として芳田シカから田一反八畝十七歩の返還を受けてこれを貸與したところ、その後芳田シカ及び金子菊治から夫々その耕作して居た土地につき遡及買收を請求し、これに基き買收計画が定められたため、伊沢鶴藏は右田二反九畝四歩について耕作ができなくなり、その結果同人の耕作地は四反七畝余に減少し農家として立ち行くことは困難な状態となつたことが認められるのであつて、このような事情の下に国分寺が伊沢鶴藏から本件土地を返還せしめたことは結局正当でなかつたことに帰するものといわなければならない。尤も(一)原審並に当審証人永井権平の供述によれば、伊沢鶴藏は国分寺に対し屡小作料の減額を請求しその都度当初の約定の小作料を納入しないことがあつたことはこれを窺うことができるけれども、原審並に当審に於ける伊沢鶴藏の供述によれば、国分寺所有地の小作料の減免についてはそれまで檀徒総代が毎年秋その年の作柄を檢分してその額を定めて居たものであり伊沢鶴藏もこれに從つた小作料を納入して居り、その納入を怠つたものでないことが認められるし、又(二)原審証人右近市之丞、原審並に当審証人永井権平、同佐々木善作の各供述によれば、伊沢鶴藏は別紙目録記載の(五)の土地を耕作して居る間に一時そこに雜草を生ぜしめて居たことを認めることができるけれども、原審並に当審に於ける伊沢鶴藏の供述によれば右土地は水利に惠まれないため除草に困難な関係があつたことによるものと認められるから右(一)及び(二)の事実を以て本件土地取上の正当事由とするには足らない。なお成立に爭のない甲第二号証によれば、伊沢鶴藏は昭和二十年度の産米につき割当供出量八石四斗三升の内二石三升の供出を遅滯して居たことが認められるけれどもこの事実だけで右土地取上を正当となし得ないことは言をまたない。しかも控訴人方では本件土地を除いても家族四人で一町八反余の土地を耕作して居ること、及び伊沢鶴藏方では本件土地を除けば家族五人で四反七畝余の土地を耕作して居ることは前に述べた通りであるから、控訴人方に於ては本件土地を耕作しないため伊沢鶴藏方に較べてその生活状態が惡くなるものとは到底認められない。而して国分寺と伊沢鶴藏との間の本件土地を目的とする賃貸借契約の解約、控訴人と伊沢鶴藏の生活関係について以上述べたような事情が存する以上伊沢鶴藏の遡及買收の請求についてはその当時施行中の昭和二十一年法律第四十三号自作農創設特別措置法附則第二項に所謂農地買收計画を定めることを相当とする場合に該当するものというべきである。しかるに控訴人が本件土地を国分寺から買受けこれについて自作農創設維持の事業により自作地として創設を受けたことは前に述べた通りであるから控訴人はこれにより適法にその所有権を取得したものと認められるけれども、元來自作農創設特別措置法に於て昭和二十年十一月二十三日当時の小作農のため遡及買收計画を定めることを請求することができるものと認めたのはこれにより耕作者をしてその地位の安定を得させようとする趣旨であつて、右日時以後に於て右小作地が第三者に讓渡され讓受人に於て自作農地として創設を受けたとしてもそのため耕作者に於て当然右の権利を失いその利益が受けられなくなるものと解すべきではなく、農地委員会に於て相当と認められる場合にはなお小作農の請求により遡及買收計画を定めることができるものといわなければならない。本件土地についても伊沢鶴藏の遡及買收計画を定めることの請求が相当と認められることは上に述べた通りであるから眞野村農地委員会がこれにより昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收計画を定めたのは適法であつてこれに対する訴願を棄却した裁決には違法の点はないものというべきである。右裁決の取消を求める控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第九十五條を適用し主文の通り判決をする。
(裁判官 松田二郎 岡崎隆 野本泰)
(目録省略)